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 2001年8月1日発売格闘伝説No62001年3月27日発売格闘伝説No3
■2001年8月1日発売の格闘伝説No6号で特集された記事です。

截空道の強さを解き明かす
強くあるために、ありとあらゆることを 取り入れ進化していく―截空道。
創始者である平原伸秦氏に、截空道を語ってもらった。

武士道精神を重んじ実戦での強さを目指す
これが京都を拠点として格闘界のいたるところに出没し、徐々に注目を集めつつある截空道の基本コンセプトだ。
まだ歴史は浅く、今のところ各競技のトップを極める選手が育っていないが、キックボクシング、掣圈道、サムライ、極真、修斗、コンバットレスリング…と、これだけの団体・競技に選手を派遣している集団は、極めて異色な存在と言えるだろう。
「実戦」での強さを標榜し、「異種格闘技」を活動の中心とし、かつ「武道」性を重んじる。そんな截空道を率いる平原伸秦創始師範は、この考え方をアメリカまで持ち込み、ネバタ州ラスベガスにもジムを開設。かつて修斗の佐藤ルミナと戦ったジョンルイスの道場と提携して活動している。
「異種格闘技と言われるとそれはちょっと違う。あくまで武道、武士道と考えているんで。截空道のもともとの意味は、「空手の無駄を截つ武道」ということですが、アメリカでは「クリーン・ジ・エアー」とも教えているんですわ。空気を截ち切る、空をも切るような武道人の集まり。そういう意味です。」と師範は言う。

極真空手からボクシングまで真の強さを求め
截空道を知るためには、平原氏の人物像を探ることから始める必要がありそうだ。「勉強は出来なくてもいい、体を作れ」という父の教育方針のもとに育てられた平原氏は、まず幼稚園のときに器械体操を習う。さらに小学校一年生で剣道、二年生から六年生まで剛柔流空手を学んだ。五年生の時には全日本選手権五位に入賞している。「ポイント制の空手ってホンマに強いんかなあ」と思いを抱いていた平原少年、中学に入学すると今度は柔道部に入った。この頃、後の人生を左右する大きな出来事がある。極真空手の創始者である大山倍達をモデルに描かれた劇画「空手バカ一代」との出会いがそれだ。その後、テレビでたまたま放送されていた極真空手の大会を目にする。画面の中では二人の男が血を流しながら素手で殴り合っていた。「こんな空手もあるんや。俺が求めていたのはこれかもしれんなあ。」平原氏はたちまち実践空手の世界に引き込まれていく。

時を同じくして、平原氏の最強を求める闘いが始まる。それは文字道り、「闘い」だった。
「もともとケンカが好きだったんですけどね。中学、高校時は、一日三人を倒すというのをノルマにしてました。自分の強さは本当に通用するのか、どこかに強いヤツがおるんちゃうか、と思いながら、部活が終わった後、駅に行ってケンカするのが日課でしたね。そのうち相手がいなくなったら、隣の駅、また隣の駅と、どんどん広げていって」
やがてその動きを警察がマークするようになったが、そうした目を避けながら、平原氏は日々の「実戦」を欠かさなかった。一人では物足りなくなり、三人、五人を相手にすることもあった。名前が知られるようになると、相手も闘いの準備を施してきた。十七歳の時には、ドスで腕を切られたこともある。
「その頃は、大山総裁の本とか、士道館の添野義三館長の本とか男気をそそる本を読みまくってたんで、ドスを出されても全然怖くないんですよ。対処法もわかっていましたから、逆にルンルン気分でしたね。「「ドスや。そういえば空手バカ一代にもこんなシーンがあったな。これはええなあ」」とか思って(笑)」結局、平原氏は喧嘩修行を無敗のまま終えた。
大山倍達や、同じく「空手バカ一代」のヒーローである芦原英幸の本から平原氏が学んだのは喧嘩のやり方だけではない。人生哲学や武道的な考え方も吸収した。
中学時代は柔道部での練習日々の喧嘩と平行して、空手の道場とボクシングジムを掛け持ちする。中学を卒業すると少林寺の専門学校に入った。そこは先生がすべて少林寺の有段者。3クラス分の入学者が、3ヶ月で1クラスになってしまうほどの厳しさ。だが、平原氏はその厳しさに根をあげるどころか、拳法部に所属して、1年生のときから2,3年生を指導していたという。
17歳で極真会館に入門。やがて芦原空手の教えも請う。さらに18歳のときには、アメリカに拠点を置く雨US大山空手が日本で第一期生を募集するという話を聞きつけ、合宿所のある千葉県まで飛んでいった。アメリカに道場を開くのが小学校からの夢だったからだ。
他流はとかけもちしていたことが原因で極真から除名処分になった平原氏だが、それでも夢に向かって着々と歩みを進めていった。US大山空手の地区責任者になり、日本を代表してアメリカの道場を視察する機会に恵まれた。アメリカ各地の道場を巡り、全米ナショナルチームとのスパーリングもこなした。この経験が後にラスベガス道場を開く際に生きた事は言うまでもない                       文・本島燈家 撮影・神田勲
 
■2001年3月27日発売の格闘伝説No3号で特集された記事です。

カポエラ蹴りを決める難波博志選手

格闘技に必勝法はあるか!?
実践最強を求める「截空道」の研究
天下無敵を究極とし、実践で最強を目ざす格闘技。
いま「截空道」という武道が、どんなルールにも勝てる道を開こうとしている……。

他流試合歓迎のオープン武道こんな格闘技があったのか!

「どんなルールでも勝てる格闘技」というのがあれば、それを最強の格闘技と呼ぶのに誰も異論はないだろう。
しかし、格闘技界の現状において言えば、単純に強さのみを追求している格闘技は極めて少ない。多くは、集客を第一と考える大会場中心のイベント指向(K-1やPRIDEなど)か、アマも含めた競技確立指向(ボクシング、キック、修斗など)かの、どちらかに含まれるはずだ。
また、中にはそのどちらでもない掣圏道や骨法のような、選手が強くなる理論とシステムを作り上げることに熱心な格闘技もあり興味深い。が、そうした単純に「強さ」を追求する格闘技にとって不可欠なのは、その強さを証明するための他流試合だ。
しがらみの多い日本の格闘技界では、他流試合ばかりを積極的にやっていくというのは容易ではないが、それでも、その他流試合を軸に活動している団体がある。截空道(せっくうどう)なる格闘技団体だ。先に延べたような「どんなルールにも通用する」ことを目指し、掣圏道、サムライ、ボクシング、キックボクシング、空手、修斗など、ありとあらゆる格闘技に他流試合を挑んでいる稀有な団体である。
聞きなれない人も多いだろうが、知名度が高くないのはイベント指向でも競技確立指向でもなく、単純に強さを追求しているからに他ならない。事実、その実績はかなりのものだ。
掣圏道1・14有明では、所属のリッキー・バウンサーが、ベラルーシのアブソリュート王者をKO。掣圏道で他流派の選手が勝つことは少ないだけに、関係者を驚かせている。
昨年は、6月にMA日本キックボクシングでのサムライルールで、浅野将一が、キック王者の佐藤堅一から、相手のお株を奪うようなパンチでダウンを奪って会場を沸かせ、12月のAPKF&K-U新人王決定戦では、6階級のうち半分の新人王を截空道の選手が獲得している。特にフェザー級の難波博志と、バンタム級の難波芳樹の兄弟は、入門3ケ月でプロデビューしているとてつもない逸材。日本グローブ空手王者で21歳の兄・博志と、ハイキック一発の秒殺KOで連勝している17歳の弟・芳樹は、派手な動きに加え、ともにルックスも抜群で、人気急上昇してりる。

創始者は十数種の格闘技経験、選手もジャンルを問わない多彩な実績をもつ
他にもボクシング団体出場でオリンピックを目指す193センチのライトヘビー級ボクサー・マサヤ、全日本グローブ空手準VのシャークHIDEと中島直文、コンバット・レスリング・ベスト4、アマチュア・リングス・ベスト8で修斗に出場(4勝3敗)している藤本健太ら、所属選手たちはジャンルを問わず実績を残している。
さらに、昨年10月のサムライでは、JET土方なる選手がシュートボクシング王者の前田辰也と対戦しているが、この土方が実は截空道所属選手の仮名だ。各出場団体のしがらみから、時にはそうせざるをえないこともあるが、逆に考えれば、そこまでしても他流試合に打って出るのが截空道のスタンスだ。
これだけ多ジャンルの選手たちを育て上げている截空道は、創始者である平原伸泰氏の強い理念により成り立っている。
平原氏は、幼少時代から十数種類の格闘技の経験を持っている。小学生のときに剣道、剛柔流空手(全日本選手権ベスト5)を学び、中学生になり、柔道(八幡市長杯準優勝、京都山城大会ベスト4)、ボクシングを習得。高校時代で少林寺拳法の修行をしたあと、極真会館に入門し、準指導員に。日本代表メンバーとしての米国遠征や、ウィリー・ウィリアムス、佐竹雅昭といったビックネームとの合同合宿も行っている。
選手としては、ひざの故障で24歳での引退を余儀なくされたが、その経験を生かし截空道を創立した。現在は京都と滋賀の道場で、合計約300人の生徒がいるだけでなく、ラスベガス道場も設立。佐藤ルミナと2度闘ったジョン・ルイスと提携している。元日本キック・フェザー級王者の佐久間晋也(引退)も截空道の専属コーチだ。
「ウチは、個人個人にあったやり方で個性を伸ばすんです。だから、みんな短期間で強くなっていきますし、パンチの打ち方ひとつでも、みんな違いますよ。基本を1から10までなんてやりません。時間がかかりますし、同じパターンになってしまいますから。パターンでは読めない動きだと相手もよけられない。難波兄弟がいい例で、相手の予想外のところから蹴りを出すからKOも多い」

闘いの7割は精神力が制す  ルールが違っても対応できる
入門してきた者は、まずはしごいて潰すといる平原氏。厳しいと会員が辞めてしまうため、一般の格闘技ジムでは、そういった方針はありえないが、平原氏は「耐えられないものは辞めていくから、本物だけが残る」と断言。道場の育成方法からして経営度外視の「強さの追求」があるのだから徹底している。ただし、メンタル・トレーニングを重視しており、そんな厳しさに耐える強い精神力も養っている。
「合同稽古でも黙とうしてイメージ・トレーニングをさせたり、試合のモチベーションを高めるための話をします。試合の7割は、精神力によるものだと考えていますから」
武道精神を基本理念にしていながらも、決して保守的なものではない。「ヒクソン・グレイシーの練習方法が公開されたら、それをモノマネする人がいるけど、それじゃダメだと思うんです。マネをしたって向こうが先にやっているんですから。全く違う観点から相手が知らない技で攻めないと。MA日本キックで浅野がダウンを奪ったパンチも、あれは鎖骨折りという実践空手の技をパンチを応用したもの。相手が知らない技だからダウンを奪えたんですよ」
ブラジル人の所属選手も多い截空道は、本場のカポエイラ(ブラジルの打撃格闘技)を取り入れた新しい打撃技を研究中だという。
選手は揃っていても「自主興行はまだ先の話。まずは他流試合で結果を出していくこと」といる平原氏。5月には掣圏道との全面対抗戦を行なうプランもある。混迷する格闘技界だけに、どんなルールに対しても打って出る截空道は、強さを求める格闘技団体の理想的な姿勢と言えるだろう。    取材 片岡 亮 構成 香貴

 
 
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